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鮎川詢裕子メッセージ
11.152022
「謙虚」のようなものを解き放つ
こんにちは。鮎川詢裕子(あゆかわじゅんこ)です。
「謙虚」という言葉を聞くと、どんなイメージが湧きますか?
つつましやかで、素直に人の言うことを聞く、控えめで、腰が低い
どちらかというと、美徳、美しいこと、大切なこと
一般的にそう捉えられることが多いのではないでしょうか?
確かにそういう謙虚さもありますね。
ところが、本人が「謙虚」だと思っていても
実は似て非なるものが存在している場合があります。
一見、「謙虚」のように見えるけど、そうではないもの
とは、どういったものなのでしょうか?
たとえば、人に受け入れられるために
これをしていいのかな?
これで受け入れられるのかな?
と、自分を守るために人からの目線だけを考えて
行動するようなときは注意が必要です。
「謙虚さ」だと思っているのは、
自分を守りたい
いい人だと思われたい
という自我や欲の現われかもしれません。
ちょっとびっくりされたかもしれませんね。
こういった場合、本人はよかれと行っているので
自分でも気づきにくい場合が多いのではないかと思います。
どこかで損か得か、どう思われるかを考えて、
遠慮しずぎていたり、自分を抑え込んで
本当の想いと異なる方向に向かっているとしたら
あなたは今、もったいない状態にいます。
あなたが純粋な状態であることが
とても大事なのです。
自分を止めることなく
大きく羽ばたくことができるはず。
あなたを小さく見せている「謙虚さ」を取り去ってみたら
どんなあなたが現れてくるのでしょうか?
純粋にそのあなたを表現してみたらどうでしょうか?
どんな感覚になるでしょうか?
どのように調和し、呼応しあうのでしょうか
そのあなただからできることがあるのです。
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